『ザ・チェア〜私は学科長〜』

 『ザ・チェア〜私は学科長〜』(原題"The Chair")というNetflixドラマの存在を知ったのはThe New Yorker Aug. 30thの記事だった。

www.newyorker.com

どうもアメリカの大学の英文科を舞台にしたお仕事コメディらしく、かなり地味な印象を受けるが、上の記事によると大ヒットドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のクリエイターが制作しており、2億ドルの契約だとか! 一体どんなもんじゃい、ということで早速観てみた。現在シーズン1が公開されており、1話30分×6話なので、わりとすぐ観れる。本棚整理しながら流してました。

 舞台はアイビー・リーグの下位に属する架空の大学。アジア人女性として初めて英文科の学科長に就任した主人公ジユンは、学生数減少の一途を辿る学科を建て直すべく張り切っているが一筋縄ではいかない。着任早々、受講生の少ない老教授たちのリストラを学部長から促される。友達以上恋人未満の同僚ビルはスター教授で学生からの人気はあるものの、妻が死んでから自堕落なトラブルメイカー(二日酔いで出勤したり、間違って妻の出産ビデオを流したり、女子学生の車に乗せてもらったり)になっている。ジユンが期待を寄せる若手ホープで黒人女性のヤスはテニュア(終身在職権)の審査を控えているが、先任教授との折り合いが悪く先行きが怪しい。私生活でもジユンは幼い娘ジュジュ(養子で、ジユンとは異なりヒスパニックのルーツをもつ)との関係で悩んでいる。そんなとき、ビルが授業中にナチス式敬礼をする動画がネットに流出・大炎上し、大学を揺るがす騒動となっていく。

 誇張されているとはいえアメリカの大学の雰囲気がわかるのが面白い。受講者の数に教授の評価が大きく左右されるというのがアメリカらしい。老教授ジョアンがいかに時代遅れかということを示す描写として「学生からの授業評価を気にしたのなんて80年代が最後だわ」という台詞があるのだが、80年代から学生が授業評価をする仕組みがあるのにまず驚いた。

 ジユンを演じるサンドラ・オーの評価が高いが、このジョアンのキャラクターもいい。チョーサーを専門とする昔気質の女性教授で、学生からの人気は低いが、実はかなりパンクな性格で、性的にアクティブな様子を見せたり、誹謗中傷的な授業評価をつけた学生の居場所をハッキングして突き止めチョーサーがいかに面白いかをまくし立てたりする。「モダニズムと死」なんて授業をやっているビルの人間的どうしようもなさと好対照。やっぱりモダニズムなんかやってるやつはダメだ、チョーサーを読もう。

 特に印象的なのはジュジュがビルの亡き妻の魂を呼び戻す儀式をする場面で、今シーズンのクライマックスの一つだろう。テーマの面でも、大学の商業化、職場・大学・家庭での人種差別・性差別の問題など現代社会全体に通ずる問題に幅広く意欲的に取り組んでいるものの、シーズン1だけでは消化不良で十分な解決がされているとは言い難い。特に、単なる顧客ではなく「学生」として学生と向き合い対話することの重要さを訴えながらも、教授の世界にばかり目がいって学生たちのキャラクターが一向に見えてこなかった点は不満が残る。これらの問いの答えは来るべきシリーズに託されている。